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Vitamin blog

重い話なのですが。

今日沖縄では、沖縄の全戦没者の霊を慰める「慰霊の日」を迎えました。
1945年の7月23日、3カ月近く続いた悲惨な沖縄戦で旧日本軍の組織的戦闘が
終結した日です。

日米安保条約の発効から50年、紆余曲折を経て、結局
日米両政府が米軍普天間飛行場の移設先を同県名護市と決定しました。

滋賀から遠く離れた沖縄。
基地と言われてもピンと来ず、他人事のような気さえしていました。

鳩山元首相が広げた大風呂敷は褒められたものではありませんが、
沖縄における基地の存在意義や、負担の重さを、
他府県の人々に再認識させた点では、意味ある行動であったのかもしれません。
しかしながら、これも、はい、基地ができたから終わりでは、
せっかくの意味もなくなってしまいます。


戦争は、遠い昔と化し、今、親となっている世代どころか、孫をもつ方の中にも
戦争を知らない方たちも増えつつあると思います。


母方の祖父は、母が5つの時にフィリピン戦線で戦死し、
遺体さえ帰国することはできませんでした。

祖父のことは聞いてはいけないような気がして、あまり知りません。
知っているのは、軍服を着た白黒の凛々しい写真だけです。

母は戦後、祖母が3人の幼子を抱えどんなに苦労したかは語っても、
祖父のことを詳しく語らないのは、辛いのはもちろんだと思いますが、
それ以上に悲しいことに、あまり記憶にないのかもしれません。

戦争映画や、TV、本などを見ると、祖父もこんな思いをしたのだろうかと
悲しく胸がつまるので、できるだけ避けてきました。

けれど、先日、普天間移設の話から、特攻隊の話になりました。

その方の話では、
「特攻隊の青年達は、まだ幸せな方だったそうですよ、
なぜなら朝顔を洗って、ご飯を食べ見送られて旅立ったのですから、
その点、フィリピンで戦死した方の多くは病死・餓死だったらしいから
ずいぶん苦しい思いをなさってなくなられている・・・」

その話を聞いて、人生で初めて戦争から逃げるのではなく、
きちんと知らなくてはならないと思いました。

絶対、戦争をおこしてはいけないと心に刻むためにも
知らないまま、見ないふりではいけないんだと。

こんな重い話をブログに書くのはどうかと思ったのですが、
きっと私もきっかけがなければ、向き合わなかったと思います。

原爆ドームや、長崎の平和公園など修学旅行で訪れた狙いは、
きっとこういう形で感化させるためだったのでしょうが、
その頃は、怖かったり、気持悪いだけであまりピンと来ていませんでした。

かといって、一日中反戦・反戦と思うわけではありませんから、
このブログを書いている間、読んでいる間だけでも
戦争について考えてみる意識を持つことが大切なんだと思います。

文字にすると、ずいぶん説教臭いのですが、
やっぱり、毎日生まれる子供たちに苦しく辛い思いをさせないために
ただ、考えてみるだけでも将来は変わってくると
思えるのです。



by hyamada_clinic | 2010-06-24 01:27 | ちょっと一息

女性であることをいつまでも楽しんでほしい。滋賀県の山田産婦人科からの情報発信です。お問い合わせはycyamada@gmail.comまでご連絡ください。
by hyamada_clinic
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